【京都祇園祭り】 フォトギャラリー

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◆祇園祭りとは

八坂神社のお祭りで、7月1日の吉符入りに始まり、宵山、山鉾巡行、神興祭、花傘巡行、還幸祭等の諸祭行事を経て、

7月29日の神事済奉告祭、7月31日の疫神社夏越祭で終わる約1ケ月間のお祭りである。

                  

◆祇園祭りの歴史

貞観11年(869年)都に疫病が流行したとき、その退散を願って始められた「祇園御霊会」が起源であるとされている。

        

 

◆山鉾の数

32基(先祭 23基・後祭 9基)(曳き鉾 7基・曳き山 3基・傘鉾 2基・舁き山 20基)
 ※貞観11年には、66本の矛(鉾)で始まった。

        

 

◆鉾の鉾頭

 −長刀鉾・・・長 刀

 −函谷鉾・・・月に山形

 −鶏 鉾・・・三角に日の丸

 −月 鉾・・・三日月

 −菊水鉾・・・菊 花

 −放下鉾・・・日 月 星

 −船 鉾・・・なし

         

 

◆鉾の天皇

 −長刀鉾・・・和泉小次郎の船を担いだ人形

 −鶏 鉾・・・住吉明神とされ、古くは櫂を持っていたという。

 −菊水鉾・・・彭 祖(ほうそ)

 −函谷鉾・・・孟嘗君(もうしょうくん)

 −放下鉾・・・放下僧(ほうかそう)

 −月 鉾・・・月読尊(つきよみのみこと)

         

 

◆山の飾り物

 −人形と鳥居  3基 ・・・油天神山、鯉山、鈴鹿山

 −小祠と鳥居  1基 ・・・ 霰天神山

 −小祠     1基  ・・・ 八幡山

 −人形    17基  ・・・ 上記以外の山鉾の稚児・人形

  昔は、船鉾以外の鉾はすべて稚児が乗っていたが、函谷鉾が天保10年(1839年)に人形としたのが人形稚児の始まりであり、

  昭和4年(1929年)放下鉾が人形になったのを最後に今は、長刀鉾以外は皆人形となった。
 

 ○稚 児
  長刀鉾
 ○人 形
  函谷鉾  嘉多丸  天保10年(1839年)
  鶏 鉾  不 祥  文久 3年(1863年)
  月 鉾  於兎麿  明治45年(1912年)
  放下鉾  三光丸  昭和 4年(1929年) 稚児舞ができる。
  菊水鉾  菊 丸  昭和31年(1956年)

◆囃し方のいる山鉾 12基

 −曳き鉾 7基 ・・・長刀鉾・函谷鉾・月 鉾・船 鉾・鶏 鉾・放下鉾・菊水鉾

 −曳き山 3基 ・・・岩戸山・北観音山・南観音山

 −傘 鉾 2基 ・・・綾傘鉾・四条傘鉾

  鉾の大体の大きさ(船鉾は除く)

 −重 量 10トン〜12トン

 −高 さ 地上から鉾頭まで 約25メ-トル、地上から屋根まで 約8メートル

 −車 輪  直 経 190センチメートル前後

 −鉾屋根  長 さ 約 4.5メートル  幅   約 3.5メートル

 −鉾 胴  長 さ 約 3.5メートル  幅   約 3.0メートル

 −囃 台  長 さ 約 3.5メートル  幅   約 2.7メートル

 −石 持  長 さ 約 6.0メートル  切り口 約 50×25センチ

 

◆山の大体の大きさ

 −重 量 1.2トン〜1.6トン

 −高 さ
    地上から松の木まで 約 6.0メートル
    地上から屋根まで  約 4.5メートル
      ※岩戸山、北観音山、南観音山は、曳き山で、形態は鉾と同じく、
        ただ、真木が松の木で高さは、地上より約 15メートルある。

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